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ラストリゾートアイランド……。
そこは欲望という名のエンターテイメントが支配する街だ。
この島に住む人々にとって、最大の娯楽は暴力なのである。
ただし、この男に関しては……そうではないらしい。
「ふふふ~ん……らんらん……ワン、ツー、ひゅ~!!」
乱麻が鼻歌を歌いながら、ゴキゲンな調子で河川敷を歩いている。
隣にいるミチルとルナのことなど、まるで気にしていない様子だ。
「ってか、乱麻。声大きすぎんだろ。鼻歌ってレベル超えてんぞ……」
「言ってもムダだって、みちる。乱麻、イヤホンしてて全然、聞こえてないから」
ルナの言うとおり、乱麻は完全に自分の世界に浸っていた。
「にゃにゃにゃ~ん♪ ぷりぷりぷ~♪」
「おいおい。にゃんにゃん言い出したぞ。大丈夫か……」
乱麻の声と動きが更に大きくなっていく。
「ってか、なんの曲、聞いてんだよ」
ミチルが乱麻のイヤホンを奪って、自分の耳にはめる。
「ちょ、みっちー! やめろよ! せっかく盛り上がってんのに」
イヤホンからはアイドルグループのにゃんにゃんした曲が大音量で流れていた。
「マジかよ乱麻。お前、こういうの聞くの?」
「あぁ? 超名曲だろうが。俺はこの子たちの曲を聞いてるときが1番幸せなんだよ」
「アイドルの尻を追っかけんのが幸せ? 情けねぇな」
ミチルの言葉に乱麻があからさまにムッとする。
「今の聞き捨てなんねぇんだけど。好きなもん追っかけて何が悪いんだよ?」
「男ならアイドルなんかじゃなくて、強さを追い求めろってんだよ」
「みっちーはそればっかじゃん」
乱麻の言葉に今度はミチルがカチンとくる。
「あぁ、そればっかの何が悪い。俺たちは強さ求めてこの島にきたんじゃねえのかよ」
「だったらよ、みっちーは男のケツを追っかけてろよ」
「べ、別に俺は男のケツなんて追っかけてるわけじぇねえ!」
乱麻とミチルの言い争いはどんどんヒートアップしていく。
二人は睨み合いながら、いきなり上着を脱ぎ捨てた。
一触即発な雰囲気にルナが慌てる。
「わ、わたしはアイドルも男の子のお尻も好きだよ! ほら、どっちもプリプリしてるし!」
場を和まそうとしたルナの言葉も、臨戦態勢に入った二人にはもう届かなった。
乱麻は拳をぎゅっと力強く握る。
ミチルは軽くフットワークを刻む。
「食らえ! 乱麻!」
「いくぜ! みっちー!」
乱麻とミチルが同時に右の拳を放った。
互いにパンチをギリギリでかわすと、すぐさま左の拳を叩き込む。
これもまた二人とも見切って、と一瞬で何発ものパンチが繰り出される。
空を切った拳のエネルギーが、突風となって周囲に吹き荒れる。
そして、その風は……ルナのスカートを激しくまくり上げるのだった。
「きゃ、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
ルナがスカートを押さえながら悲鳴をあげる。
「うぉっ!?」
「こいつは!?」
乱麻とミチルの目が、ルナに釘付けになった瞬間……。
「バカ! エッチ! へんたい!」
ルナのフルスイングの平手打ちが、気の緩んでいた乱麻とミチルの頬を叩いた。
ふいをつかれた二人は仰向けになって草むらに倒れた。
目の前には青い空が広がっている。
「なぁ、みっちー。俺、間違ってたよ」
「……何が?」
「強さ求めるのもいいもんだな。パンチラもみれるし」
ミチルは苦笑いすると「だろ?」と呟いた。
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「乱麻、オレは強えぞ?」
「ううん。みっちー、俺の方がめちゃくちゃ強えもん」
それは10年前のことだ。
小学生の乱麻とミチルは、夕暮れの川原で睨み合っていた。
今まさに通算201回目のケンカが始まる瞬間だった。
これまでの戦績は完全に互角である。
勝っては負け、負けては勝ってをお互いに繰り返していた。
「みっちー、今日の俺はいつもの3倍強えよ。だって、ご飯を3杯食べてきたし」
「乱麻、だったら、俺はいつもの6倍強えよ。牛乳を6杯飲んできたからな」
乱麻とミチルは拳を構えたまま言い合う。
「すごーい! 今日は乱麻の勝ちかもね!」
乱麻の側でルナがケンカの行方を見守る。
「やったー! 今日こそ兄貴の勝ちだよ!」
ミチルの後ろで妹の海が目を輝かせる。
「じゃあ、さっそく始めるよ?」
「ああ! いくぞぉぉぉぉぉぉ!」
乱麻とミチルの拳が繰り出されようとしたときだ。
「ぶんぶんぶぶーん! ぶんぶぶーん!」
河原に妙な大声が響いた。
乱麻たちが声のした方を見ると、土手の上に自転車に乗った2人の少年がいた。
どちらの少年も小さな体をヤンキーファッションで固めている。
「なんだ、小柳兄弟か」
ルナが呆れた顔で呟いた。
「なんだじゃねえ!」
兄の小柳清也は顔を真っ赤にして叫んだ。
「どぅだぁ俺様のケッタマシーン!! 超絶かっこいいべ!?」
「ダセぇよ。ってか、なんだよそのハンドル。ひん曲がってるじゃねえか」
乱麻は拳を下ろすと面倒くさそうな顔をした。
小柳兄弟と乱麻は同じ小学校だった。
何かと突っかかってくる二人に、乱麻はうんざりしていた。
「あぁん!? これはカマキリってんだよ! 俺様が自分でひん曲げたんだろうが!」
清也は自転車のハンドルを握り、アクセルをふかすマネをした。
そして、口でエンジン音の真似をする。
「ぶろろろろろん! ぶるるるるるん!」
「お前ら、兄貴のチャリンコだけじゃねえぞ」
弟の純也がその場で自転車のスタンドを立てた。
「俺のチャリもイカした改造してっからな」
純也は思いっきり自転車をこぎ始めた。
周囲にジャラジャラという音が鳴り響く。
ホイールに取り付けられたプラスチックのリングが音を出していた。
乱麻とミチルは大きな溜め息を吐いた。
「みっちー。なんかしらけたな」
「そうだな、乱麻」
小柳兄弟の乱入ですっかりケンカをする気が失せたようだ。
「だったらさ、ウチでゲームでもしようよ!」
海が小躍りしながら言うと、乱麻とミチルも頷いた。
「俺様たちのことはシカトかこぅらぁぁぁぁ!?」
清也は自転車から降りると、土手を一気に駆け下りた。
「兄貴、見せてやろうぜ。俺たちの強さをよ」
純也も乱麻とミチルに向かって突進する。
乱麻は小柳兄弟をちらりと見ると、髪の毛をポリポリとかいた。
「……めんどくさ」
そう呟くやいなや、乱麻の拳とミチルの脚が、小柳兄弟を吹っ飛ばしていた。
「お前ら、次に会ったら許さんからな、こらぁぁ!」
「うわぁぁぁぁぁぁん! 先生に言いつけてやるからなぁぁぁ!」
小柳兄弟は捨て台詞を残し、改造自転車で逃げて行った。
その姿を見ながら、乱麻はふと呟いた。
「ミチルの次にいっぱいケンカしてんの、あいつらのような気がする」
「確かにそうかも」
全く同じことをミチルも思っていた。
この幼き日からの因縁は、高校生になった今も続いている。
乱麻たちと小柳兄弟のケンカの回数は、すでに数えきれないほどになっていた。
舞台をラストリゾートアイランドに移しても、街で顔を合わせれば、4人はケンカを始めるのだ。
今日もまた、子供の頃のように……。
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「はぁ……」
数学の授業中、楓華は小さな溜め息をこぼした。
どうしたのだろう。
まったく授業に集中できない。
「……こんなことではダメ……」
集中できない理由は、自分でもなんとなくわかっていた。
今朝、幸せそうなカップルを校内で見かけた。
その姿が目に焼きつき、ずっともやもやしているのだ。
恋愛……なんだか楽しそうだし、興味がないわけではない。
でも、私には他に考えなければいけないことがある。
それは家族のことであったり、これからの生き方のことだったり……。
何気なく楓華がノートに目を移すと、そこには迷路のような落書きがあった。
楓華はもともと迷路作りが趣味だった。
それで無意識のうちに描いてしまったようだ。
迷路の周りには「恋はラビリンス」「王子様はどこに?」「私を連れ去って」という赤面ものの走り書きもあった。
こんなものを他人に見られでもしたら、恥ずかしすぎて生きていけなくなる。
楓華は迷路が書かれた紙をそっと破き、誰にもバレないように制服のポケットに押し込んだ。
うん。これで一安心。
楓華は心の中で呟いた。
× × ×
放課後の廊下をルナが考えごとをしながら歩いていた。
乱麻とミチルはどんな夕食なら喜ぶだろう。
朝食が「大盛りカルボナーラ」だったから、さらにボリュームのある「牛豚鳥の3種焼肉丼」がいいかもしれない。
とにかく今のルナは、乱麻とミチルの喜ぶ顔が見たかった。
ふと足元に目をやると、1枚の紙切れが落ちていた。
「ん。落とし物?」
ルナは紙切れを拾って、何が書いてあるのか確認した。
「……恋はラビリンス」
紙切れをルナはまじまじと眺めた。
そこには奇妙な迷路と一緒に、恋する乙女のポエムが書かれていた。
「うん。わかるなぁ、この気持ち。すっごくわかる」
誰の落とし物かはわからない。
ただ、同じ高校の誰かが書いたものには違いない。
そのポエムにルナはものすごく共感した。
「悪いけど、これもらっちゃお!」
ルナはうんうんと頷きながら、その紙切れをポケットにしまった。
× × ×
「う~ん。クレイジーなのがいいよねぇ。パンチがあるっていうかさぁ」
ショップのオーナーである可憐が、悩んだ顔で商店街を歩いていた。
「ウチは店を盛り上げなきゃいけないし」
可憐はファッション雑誌ピーチパインに、新作Tシャツのデザインを売り込もうと思っていた。
しかし、いくら考えてもこれだというアイデアは生まれなかった。
すると、目の前に紙切れを手に、うんうんと頷きながら歩いている女子高生を見つけた。
なんとなく気になって、その子の手元を覗きこんだ。
紙切れは、不思議な迷路状の絵が描かれていた。
その迷路を見た瞬間、可憐は甲高い声をあげた。
「あ、あなた! どこの誰!?」
「誰って……ルナっていいますけど」
可憐はルナの手をしっかり握っていた。
「ルナ、その紙に描かれたデザイン、ウチにちょうだい!」
× × ×
撮影スタジオにカメラのシャッター音が響く。
フラッシュが光る中、カリスマ読者モデルの海が、次々と可愛らしいポーズを取る。
一通り撮影が終わると、海は自分の着ていたTシャツの柄を指差した。
「あの……このTシャツのデザインなんですけど……」
海はずっと気になっていたことをカメラマンに聞いた。
「これって……アリなんですか?」
Tシャツのデザインは、最近女子高生に人気のショップがしたらしい。
カメラマンは海の質問にニッコリ笑って答えた。
「アリもアリ。っていうか、海ちゃんが着ればなんでもアリ!」
そういうものなのかな……と、思いつつ、海はもう一度、Tシャツのデザインを見た。
やっぱり奇妙な迷路のデザインだった。
× × ×
「な、な、な、なんでよ!?」
本屋に並んだ雑誌の表紙を見て、楓華は卒倒しそうになった。
最近人気のカリスマ読者モデルが着ているTシャツの柄が、自分が描いた落書きの迷路になっていたのだ。
「お、おまけにあの恥ずかしいポエムまでご丁寧に……」
迷路を描いた紙切れは不覚にも学校でなくしてしまった。
誰かに見られたら恥ずかしいと思っていたが、それがどうしてこんな事態になってしまったのか……。
楓華は財布をきつく握りしめると、全財産で雑誌を買い占めることを決意した。
落書きの迷路で繋がった4人の少女たち。
この後、2人の男を通じて4人は出会うことになるのだが……それはまだ少し先の話である。
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ラストリゾートアイランドは、あらゆる欲望が渦巻く島だ。
腕っぷしの強さだけではなく、カジノで富を掴もうとする者も多い。
派手なネオンが輝く中、カトレアが颯爽と歩く。
チャイナドレスのスリットからは、長く美しい足が伸びている。
カトレアはこの場所にいる他の誰よりも大きな野望を持っていた。
その美貌を足がかりにして、世界的なスターにのし上がり、富と名声を手に入れるつもりだった。
もちろん、リスクは承知している。
大胆かつ慎重に行動しなければ、転落の道を進むことになるだろう。
この島では夢と絶望は常に背中合わせなのだ。
それでも失敗は許されない。
貧しい家庭に生まれたカトレアには、養っていかなければならない妹たちがいたからだ。
ホテルの前の通りに真っ黒な高級車が止まった。
すぐに車を取り囲んで人だかりができる。
「……もしかして」
カトレアが見入っていると、車のドアを運転手が開けた。
車の中から出てきたのは、世界的に有名なアクションスター……劉 无常だった。
劉の姿が現れるなり、周囲に大歓声が起きた。
カトレアの思っていた通りだった。
カジノには金持ちや有名人が連日やってくる。
そんな連中にうまく取り入ることも野望達成には必要だった。
カトレアは人波をかきわけ、劉の目前まで辿り着いた。
「私、カトレアと言います。あなたの映画は全て見ています」
劉はカトレアの目を見ると薄く笑った。
「いい目してるね、あなた」
予想外の反応にカトレアは戸惑った。
ルックスにはもちろん自信はあるが、劉に褒められるとは思っていなかった。
劉はカトレアに近付くと、耳元で静かに囁いた。
「あなたは私と同じ……欲望に忠実な目をしている」
「えっ?」
「きっとまたこのカジノで会えるね」
そう言うと劉はホテルの中に入ってしまった。
気が付くと通りには誰もいなくなっていた。
劉とさらに親しくなりたければ、やはりまず金が必要だ。
もっといい服を着て、高いアクセサリーを身に着け、女としてのグレードを上げるしかない。
もちろん、そのための手段も用意している。
「待たせたじぇ」
カトレアの背後にタトゥーだらけの男が立っていた。
右京紫苑……九条カンパニーの幹部で、カジノを取り仕切っている男だ。
「あんたが今日からディーラーとして働く女かい?」
「ええ。そうよ」
まずはカジノでディーラーとして働く。
そこで人脈を作って、金を手に入れるつもりだ。
「ひひひ。俺様があんたの上司。よろしくだじぇ」
右京はそう言うと、ポケットから札束を取り出した。
そして、いきなり札束でカトレアの顔を引っ叩いた。
「な、何をするの!?」
頬を押さえながらカトレアは怒った。
「ディーラーが目をギラギラさせてどうする?」
右京はニヤニヤ笑いながら、もう一度、カトレアの顔を札束で張った。
「客に目をギラギラさせるんだじぇ」
あまりの屈辱にカトレアの顔が真っ赤になった。
しかし、ここで怒ってはディーラーとして働けなくなる。
カトレアは唇を噛んでぐっと堪えた。
「いいじゃん。いいじゃん。その顔、いいじゃん」
右京はいきなり札束を宙にばら撒いた。
「ご褒美にこれ全部やるじぇ。さあ、拾いな」
ばら撒かれた金額はおそらく100万円はある。
カトレアは地べたに這いつくばって金を拾った。
その様子を見て右京がゲラゲラと笑う。
「あんたみたいないい女が、なんて格好してるじゃん!」
カトレアは全ての金を拾うと、自分のバックにしまった。
すると右京は嬉しそうな顔をした。
「これからも俺様を喜ばせれば、もっと金をいっぱいやるじぇ」
「あなたはどうすれば喜ぶの?」
「俺様は血が好きなんだぁ。って聞けば何するかはわかるだろ?」
「そんなことならいくらでもどうぞ」
カトレアは右京を見つめて小さく笑った。
「さあ、カジノに案内して。今日から働きたいの」
すでに覚悟は決めていた。
今更、恐れるものは何もない。
こうしてカトレアのカジノでの生活が始まる。
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「……ふぅ」
いつもの喫茶店。いつもの1番奥の席。
飲み慣れたバナナシェイクの味が口に広がると、白石はようやく一息つくことができた。
この島はいつもどこか騒がしい。
男たちの怒声に女の子たちの歓声……。
白石にとってはそのどれもが苦手だった。
だから、喧騒から離れることができるこの喫茶店は、白石にとって大切な場所になっていた。
「さて、続きを読もう……」
バナナシェイクを半分ほど飲むと、白石は鞄から本を取り出した。
すると、喫茶店のドアが乱暴に開かれた。
「白石ぃぃぃぃぃ! なぁにしてんだぁこんなところでぇ!?」
小柳清也が怒声をあげながら、ドカドカと白石のもとへとやってきた。
清也の背後には弟の純也もいた。
「こ、小柳さん、純也クン、どうして二人がここに?」
普段なら白石はこんな迂闊な質問はしない。
大切な場所に二人がやってきたことで動揺してしまったのだ。
「あぁん!? 俺らが茶ぁーしばいちゃいけねぇってのか!?」
「そ、そんなことはないけど……」
白石がしどろもどろになると、純也が薄く笑った。
「お前がここに入る姿を見かけたんだ」
店に入る前に周囲を確認しておけばよかった……白石は心の中で激しく後悔した。
「んでぇ、白石ぃ!? お前はここでなぁにしてんだよぉ!?」
清也が店の外まで響くほどの大声を出した。
喫茶店の他の客が一斉に首をすくめる。
「何って……僕は読書を……」
「読書!? エロ本かぁ!?」
「違うよ。『ジーキル博士とハイド氏』だよ」
白石は本の中身を清也に見せた。
すると途端に清也が白目になり、口から泡を吹いた。
「白石、てめえ何やってんだ! 兄貴を殺す気か!」
純也が白石の手から本を叩き落した。
「こ、殺すって……」
「兄貴は一度にたくさんの活字を見ると心臓が止まっちまうんだよ!」
「ご、ごめん。そうなんだ」
白石は急いで本を鞄の中にしまった。
目の前から活字が消えて、清也は意識を取り戻した。
「白石ぃ! てめえ、やべえもんもってんじゃねえよ。サツに通報すんぞ!」
清也は口の泡を服の袖で拭うと、テーブルの上に雑誌を置いた。
「いいか、白石!? 読書ってのはこういうもんだろが!」
テーブルの上に置かれたのは「バリバリロード」というヤンキー雑誌だった。
表紙には「一番スゲエのはヤンキーなんだよ!」と書かれている。
「白石ぃ、おめぇも読め!」
「……いや、僕はこういうの興味ないから……」
白石が雑誌を押し戻すと、清也が不機嫌な顔になった。
「白石ぃ、おめぇ、いつから拒否できる立場になったんだ!?」
ああ、いつもこうなるんだ……。
白石は心の中で呟いた。
この島では強い奴が絶対だ。
だから、白石兄弟の言うことには従わないとならない。
理不尽だ。理不尽すぎる。
こんな世界は間違っているのだ。
白石の胸の奥底でぐつぐつと何かが沸騰していた。
「んじゃま、白石ぃ! 明日の昼飯のときに焼きそばパン10個買ってこいや!」
「それで今回は許してやるよ」
そう言い捨てると、小柳兄弟は喫茶店を出て行った。
白石はバナナシェイクのグラスを握りしめた。
「……今はまだ……まだそのときじゃない」
パリーン、という音が店内に鳴り響いた。
割れたグラスによって、白石の手は赤く滲んでいた。
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