UPPERS

SHORTSTORY

  • 公式サイト限定『UPPERS』めちゃアゲショートエピソード
  • 出演声優ボイスメッセージ
  • twitterキャンペーン

  • ラストリゾートアイランド……。
    そこは欲望という名のエンターテイメントが支配する街だ。
    この島に住む人々にとって、最大の娯楽は暴力なのである。

    ただし、この男に関しては……そうではないらしい。

    「ふふふ~ん……らんらん……ワン、ツー、ひゅ~!!」
     乱麻が鼻歌を歌いながら、ゴキゲンな調子で河川敷を歩いている。
     隣にいるミチルとルナのことなど、まるで気にしていない様子だ。

    「ってか、乱麻。声大きすぎんだろ。鼻歌ってレベル超えてんぞ……」
    「言ってもムダだって、みちる。乱麻、イヤホンしてて全然、聞こえてないから」
    ルナの言うとおり、乱麻は完全に自分の世界に浸っていた。
    「にゃにゃにゃ~ん♪ ぷりぷりぷ~♪」
    「おいおい。にゃんにゃん言い出したぞ。大丈夫か……」
    乱麻の声と動きが更に大きくなっていく。

    「ってか、なんの曲、聞いてんだよ」
    ミチルが乱麻のイヤホンを奪って、自分の耳にはめる。
    「ちょ、みっちー! やめろよ! せっかく盛り上がってんのに」
    イヤホンからはアイドルグループのにゃんにゃんした曲が大音量で流れていた。

    「マジかよ乱麻。お前、こういうの聞くの?」
    「あぁ? 超名曲だろうが。俺はこの子たちの曲を聞いてるときが1番幸せなんだよ」
    「アイドルの尻を追っかけんのが幸せ? 情けねぇな」
    ミチルの言葉に乱麻があからさまにムッとする。
    「今の聞き捨てなんねぇんだけど。好きなもん追っかけて何が悪いんだよ?」
    「男ならアイドルなんかじゃなくて、強さを追い求めろってんだよ」
    「みっちーはそればっかじゃん」
    乱麻の言葉に今度はミチルがカチンとくる。

    「あぁ、そればっかの何が悪い。俺たちは強さ求めてこの島にきたんじゃねえのかよ」
    「だったらよ、みっちーは男のケツを追っかけてろよ」
    「べ、別に俺は男のケツなんて追っかけてるわけじぇねえ!」
    乱麻とミチルの言い争いはどんどんヒートアップしていく。
    二人は睨み合いながら、いきなり上着を脱ぎ捨てた。
    一触即発な雰囲気にルナが慌てる。

    「わ、わたしはアイドルも男の子のお尻も好きだよ! ほら、どっちもプリプリしてるし!」
    場を和まそうとしたルナの言葉も、臨戦態勢に入った二人にはもう届かなった。
    乱麻は拳をぎゅっと力強く握る。
    ミチルは軽くフットワークを刻む。

    「食らえ! 乱麻!」
    「いくぜ! みっちー!」
    乱麻とミチルが同時に右の拳を放った。
    互いにパンチをギリギリでかわすと、すぐさま左の拳を叩き込む。

    これもまた二人とも見切って、と一瞬で何発ものパンチが繰り出される。
    空を切った拳のエネルギーが、突風となって周囲に吹き荒れる。
    そして、その風は……ルナのスカートを激しくまくり上げるのだった。

    「きゃ、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
    ルナがスカートを押さえながら悲鳴をあげる。
    「うぉっ!?」
    「こいつは!?」
    乱麻とミチルの目が、ルナに釘付けになった瞬間……。
    「バカ! エッチ! へんたい!」
    ルナのフルスイングの平手打ちが、気の緩んでいた乱麻とミチルの頬を叩いた。

    ふいをつかれた二人は仰向けになって草むらに倒れた。
    目の前には青い空が広がっている。
    「なぁ、みっちー。俺、間違ってたよ」
    「……何が?」
    「強さ求めるのもいいもんだな。パンチラもみれるし」
    ミチルは苦笑いすると「だろ?」と呟いた。


  • 「乱麻、オレは強えぞ?」
    「ううん。みっちー、俺の方がめちゃくちゃ強えもん」

    それは10年前のことだ。
    小学生の乱麻とミチルは、夕暮れの川原で睨み合っていた。
    今まさに通算201回目のケンカが始まる瞬間だった。
    これまでの戦績は完全に互角である。
    勝っては負け、負けては勝ってをお互いに繰り返していた。

    「みっちー、今日の俺はいつもの3倍強えよ。だって、ご飯を3杯食べてきたし」
    「乱麻、だったら、俺はいつもの6倍強えよ。牛乳を6杯飲んできたからな」
    乱麻とミチルは拳を構えたまま言い合う。

    「すごーい! 今日は乱麻の勝ちかもね!」
    乱麻の側でルナがケンカの行方を見守る。

    「やったー! 今日こそ兄貴の勝ちだよ!」
    ミチルの後ろで妹の海が目を輝かせる。


    「じゃあ、さっそく始めるよ?」
    「ああ! いくぞぉぉぉぉぉぉ!」
    乱麻とミチルの拳が繰り出されようとしたときだ。

    「ぶんぶんぶぶーん! ぶんぶぶーん!」
    河原に妙な大声が響いた。
    乱麻たちが声のした方を見ると、土手の上に自転車に乗った2人の少年がいた。
    どちらの少年も小さな体をヤンキーファッションで固めている。
    「なんだ、小柳兄弟か」
    ルナが呆れた顔で呟いた。

    「なんだじゃねえ!」
    兄の小柳清也は顔を真っ赤にして叫んだ。
    「どぅだぁ俺様のケッタマシーン!! 超絶かっこいいべ!?」

    「ダセぇよ。ってか、なんだよそのハンドル。ひん曲がってるじゃねえか」
    乱麻は拳を下ろすと面倒くさそうな顔をした。
    小柳兄弟と乱麻は同じ小学校だった。
    何かと突っかかってくる二人に、乱麻はうんざりしていた。

    「あぁん!? これはカマキリってんだよ! 俺様が自分でひん曲げたんだろうが!」
    清也は自転車のハンドルを握り、アクセルをふかすマネをした。
    そして、口でエンジン音の真似をする。
    「ぶろろろろろん! ぶるるるるるん!」

    「お前ら、兄貴のチャリンコだけじゃねえぞ」
    弟の純也がその場で自転車のスタンドを立てた。
    「俺のチャリもイカした改造してっからな」
    純也は思いっきり自転車をこぎ始めた。
    周囲にジャラジャラという音が鳴り響く。
    ホイールに取り付けられたプラスチックのリングが音を出していた。

    乱麻とミチルは大きな溜め息を吐いた。
    「みっちー。なんかしらけたな」
    「そうだな、乱麻」
    小柳兄弟の乱入ですっかりケンカをする気が失せたようだ。
    「だったらさ、ウチでゲームでもしようよ!」
    海が小躍りしながら言うと、乱麻とミチルも頷いた。

    「俺様たちのことはシカトかこぅらぁぁぁぁ!?」
    清也は自転車から降りると、土手を一気に駆け下りた。
    「兄貴、見せてやろうぜ。俺たちの強さをよ」
    純也も乱麻とミチルに向かって突進する。

    乱麻は小柳兄弟をちらりと見ると、髪の毛をポリポリとかいた。
    「……めんどくさ」
    そう呟くやいなや、乱麻の拳とミチルの脚が、小柳兄弟を吹っ飛ばしていた。

    「お前ら、次に会ったら許さんからな、こらぁぁ!」
    「うわぁぁぁぁぁぁん! 先生に言いつけてやるからなぁぁぁ!」
    小柳兄弟は捨て台詞を残し、改造自転車で逃げて行った。
    その姿を見ながら、乱麻はふと呟いた。
    「ミチルの次にいっぱいケンカしてんの、あいつらのような気がする」
    「確かにそうかも」
    全く同じことをミチルも思っていた。

    この幼き日からの因縁は、高校生になった今も続いている。
    乱麻たちと小柳兄弟のケンカの回数は、すでに数えきれないほどになっていた。
    舞台をラストリゾートアイランドに移しても、街で顔を合わせれば、4人はケンカを始めるのだ。
    今日もまた、子供の頃のように……。

  • 「はぁ……」
    数学の授業中、楓華は小さな溜め息をこぼした。
    どうしたのだろう。
    まったく授業に集中できない。
    「……こんなことではダメ……」

    集中できない理由は、自分でもなんとなくわかっていた。
    今朝、幸せそうなカップルを校内で見かけた。
    その姿が目に焼きつき、ずっともやもやしているのだ。

    恋愛……なんだか楽しそうだし、興味がないわけではない。
    でも、私には他に考えなければいけないことがある。
    それは家族のことであったり、これからの生き方のことだったり……。

    何気なく楓華がノートに目を移すと、そこには迷路のような落書きがあった。
    楓華はもともと迷路作りが趣味だった。
    それで無意識のうちに描いてしまったようだ。
    迷路の周りには「恋はラビリンス」「王子様はどこに?」「私を連れ去って」という赤面ものの走り書きもあった。
    こんなものを他人に見られでもしたら、恥ずかしすぎて生きていけなくなる。
    楓華は迷路が書かれた紙をそっと破き、誰にもバレないように制服のポケットに押し込んだ。
    うん。これで一安心。
    楓華は心の中で呟いた。

    ×  ×  ×

    放課後の廊下をルナが考えごとをしながら歩いていた。
    乱麻とミチルはどんな夕食なら喜ぶだろう。
    朝食が「大盛りカルボナーラ」だったから、さらにボリュームのある「牛豚鳥の3種焼肉丼」がいいかもしれない。
    とにかく今のルナは、乱麻とミチルの喜ぶ顔が見たかった。

    ふと足元に目をやると、1枚の紙切れが落ちていた。
    「ん。落とし物?」
    ルナは紙切れを拾って、何が書いてあるのか確認した。

    「……恋はラビリンス」
    紙切れをルナはまじまじと眺めた。
    そこには奇妙な迷路と一緒に、恋する乙女のポエムが書かれていた。
    「うん。わかるなぁ、この気持ち。すっごくわかる」
    誰の落とし物かはわからない。
    ただ、同じ高校の誰かが書いたものには違いない。
    そのポエムにルナはものすごく共感した。
    「悪いけど、これもらっちゃお!」
    ルナはうんうんと頷きながら、その紙切れをポケットにしまった。

    ×  ×  ×

    「う~ん。クレイジーなのがいいよねぇ。パンチがあるっていうかさぁ」
    ショップのオーナーである可憐が、悩んだ顔で商店街を歩いていた。
    「ウチは店を盛り上げなきゃいけないし」
    可憐はファッション雑誌ピーチパインに、新作Tシャツのデザインを売り込もうと思っていた。
    しかし、いくら考えてもこれだというアイデアは生まれなかった。

    すると、目の前に紙切れを手に、うんうんと頷きながら歩いている女子高生を見つけた。
    なんとなく気になって、その子の手元を覗きこんだ。
    紙切れは、不思議な迷路状の絵が描かれていた。
    その迷路を見た瞬間、可憐は甲高い声をあげた。
    「あ、あなた! どこの誰!?」
    「誰って……ルナっていいますけど」
    可憐はルナの手をしっかり握っていた。
    「ルナ、その紙に描かれたデザイン、ウチにちょうだい!」

    ×  ×  ×

    撮影スタジオにカメラのシャッター音が響く。
    フラッシュが光る中、カリスマ読者モデルの海が、次々と可愛らしいポーズを取る。
    一通り撮影が終わると、海は自分の着ていたTシャツの柄を指差した。
    「あの……このTシャツのデザインなんですけど……」
    海はずっと気になっていたことをカメラマンに聞いた。
    「これって……アリなんですか?」
    Tシャツのデザインは、最近女子高生に人気のショップがしたらしい。

    カメラマンは海の質問にニッコリ笑って答えた。
    「アリもアリ。っていうか、海ちゃんが着ればなんでもアリ!」
    そういうものなのかな……と、思いつつ、海はもう一度、Tシャツのデザインを見た。
    やっぱり奇妙な迷路のデザインだった。

    ×  ×  ×

    「な、な、な、なんでよ!?」
    本屋に並んだ雑誌の表紙を見て、楓華は卒倒しそうになった。
    最近人気のカリスマ読者モデルが着ているTシャツの柄が、自分が描いた落書きの迷路になっていたのだ。
    「お、おまけにあの恥ずかしいポエムまでご丁寧に……」
    迷路を描いた紙切れは不覚にも学校でなくしてしまった。
    誰かに見られたら恥ずかしいと思っていたが、それがどうしてこんな事態になってしまったのか……。
    楓華は財布をきつく握りしめると、全財産で雑誌を買い占めることを決意した。

    落書きの迷路で繋がった4人の少女たち。
    この後、2人の男を通じて4人は出会うことになるのだが……それはまだ少し先の話である。


  • ラストリゾートアイランドは、あらゆる欲望が渦巻く島だ。
    腕っぷしの強さだけではなく、カジノで富を掴もうとする者も多い。

    派手なネオンが輝く中、カトレアが颯爽と歩く。
    チャイナドレスのスリットからは、長く美しい足が伸びている。
    カトレアはこの場所にいる他の誰よりも大きな野望を持っていた。
    その美貌を足がかりにして、世界的なスターにのし上がり、富と名声を手に入れるつもりだった。

    もちろん、リスクは承知している。
    大胆かつ慎重に行動しなければ、転落の道を進むことになるだろう。
    この島では夢と絶望は常に背中合わせなのだ。
    それでも失敗は許されない。
    貧しい家庭に生まれたカトレアには、養っていかなければならない妹たちがいたからだ。

    ホテルの前の通りに真っ黒な高級車が止まった。
    すぐに車を取り囲んで人だかりができる。
    「……もしかして」
    カトレアが見入っていると、車のドアを運転手が開けた。
    車の中から出てきたのは、世界的に有名なアクションスター……劉 无常だった。
    劉の姿が現れるなり、周囲に大歓声が起きた。

    カトレアの思っていた通りだった。
    カジノには金持ちや有名人が連日やってくる。
    そんな連中にうまく取り入ることも野望達成には必要だった。

    カトレアは人波をかきわけ、劉の目前まで辿り着いた。
    「私、カトレアと言います。あなたの映画は全て見ています」

    劉はカトレアの目を見ると薄く笑った。
    「いい目してるね、あなた」
    予想外の反応にカトレアは戸惑った。
    ルックスにはもちろん自信はあるが、劉に褒められるとは思っていなかった。
    劉はカトレアに近付くと、耳元で静かに囁いた。
    「あなたは私と同じ……欲望に忠実な目をしている」
    「えっ?」
    「きっとまたこのカジノで会えるね」
    そう言うと劉はホテルの中に入ってしまった。

    気が付くと通りには誰もいなくなっていた。
    劉とさらに親しくなりたければ、やはりまず金が必要だ。
    もっといい服を着て、高いアクセサリーを身に着け、女としてのグレードを上げるしかない。
    もちろん、そのための手段も用意している。

    「待たせたじぇ」
    カトレアの背後にタトゥーだらけの男が立っていた。
    右京紫苑……九条カンパニーの幹部で、カジノを取り仕切っている男だ。
    「あんたが今日からディーラーとして働く女かい?」
    「ええ。そうよ」
    まずはカジノでディーラーとして働く。
    そこで人脈を作って、金を手に入れるつもりだ。

    「ひひひ。俺様があんたの上司。よろしくだじぇ」
    右京はそう言うと、ポケットから札束を取り出した。
    そして、いきなり札束でカトレアの顔を引っ叩いた。
    「な、何をするの!?」
    頬を押さえながらカトレアは怒った。

    「ディーラーが目をギラギラさせてどうする?」
    右京はニヤニヤ笑いながら、もう一度、カトレアの顔を札束で張った。
    「客に目をギラギラさせるんだじぇ」

    あまりの屈辱にカトレアの顔が真っ赤になった。
    しかし、ここで怒ってはディーラーとして働けなくなる。
    カトレアは唇を噛んでぐっと堪えた。

    「いいじゃん。いいじゃん。その顔、いいじゃん」
    右京はいきなり札束を宙にばら撒いた。
    「ご褒美にこれ全部やるじぇ。さあ、拾いな」
    ばら撒かれた金額はおそらく100万円はある。
    カトレアは地べたに這いつくばって金を拾った。
    その様子を見て右京がゲラゲラと笑う。
    「あんたみたいないい女が、なんて格好してるじゃん!」

    カトレアは全ての金を拾うと、自分のバックにしまった。
    すると右京は嬉しそうな顔をした。
    「これからも俺様を喜ばせれば、もっと金をいっぱいやるじぇ」
    「あなたはどうすれば喜ぶの?」
    「俺様は血が好きなんだぁ。って聞けば何するかはわかるだろ?」

    「そんなことならいくらでもどうぞ」
    カトレアは右京を見つめて小さく笑った。
    「さあ、カジノに案内して。今日から働きたいの」

    すでに覚悟は決めていた。
    今更、恐れるものは何もない。
    こうしてカトレアのカジノでの生活が始まる。

  • 「……ふぅ」
     いつもの喫茶店。いつもの1番奥の席。
     飲み慣れたバナナシェイクの味が口に広がると、白石はようやく一息つくことができた。
     この島はいつもどこか騒がしい。
     男たちの怒声に女の子たちの歓声……。
     白石にとってはそのどれもが苦手だった。
     だから、喧騒から離れることができるこの喫茶店は、白石にとって大切な場所になっていた。

    「さて、続きを読もう……」
     バナナシェイクを半分ほど飲むと、白石は鞄から本を取り出した。
     すると、喫茶店のドアが乱暴に開かれた。
    「白石ぃぃぃぃぃ! なぁにしてんだぁこんなところでぇ!?」
     小柳清也が怒声をあげながら、ドカドカと白石のもとへとやってきた。
     清也の背後には弟の純也もいた。

    「こ、小柳さん、純也クン、どうして二人がここに?」
     普段なら白石はこんな迂闊な質問はしない。
     大切な場所に二人がやってきたことで動揺してしまったのだ。
    「あぁん!? 俺らが茶ぁーしばいちゃいけねぇってのか!?」
    「そ、そんなことはないけど……」
     白石がしどろもどろになると、純也が薄く笑った。
    「お前がここに入る姿を見かけたんだ」
     店に入る前に周囲を確認しておけばよかった……白石は心の中で激しく後悔した。

    「んでぇ、白石ぃ!? お前はここでなぁにしてんだよぉ!?」
     清也が店の外まで響くほどの大声を出した。
     喫茶店の他の客が一斉に首をすくめる。
    「何って……僕は読書を……」
    「読書!? エロ本かぁ!?」
    「違うよ。『ジーキル博士とハイド氏』だよ」
     白石は本の中身を清也に見せた。
     すると途端に清也が白目になり、口から泡を吹いた。
    「白石、てめえ何やってんだ! 兄貴を殺す気か!」
     純也が白石の手から本を叩き落した。

    「こ、殺すって……」
    「兄貴は一度にたくさんの活字を見ると心臓が止まっちまうんだよ!」
    「ご、ごめん。そうなんだ」
     白石は急いで本を鞄の中にしまった。
     目の前から活字が消えて、清也は意識を取り戻した。
    「白石ぃ! てめえ、やべえもんもってんじゃねえよ。サツに通報すんぞ!」

     清也は口の泡を服の袖で拭うと、テーブルの上に雑誌を置いた。
    「いいか、白石!? 読書ってのはこういうもんだろが!」
     テーブルの上に置かれたのは「バリバリロード」というヤンキー雑誌だった。
     表紙には「一番スゲエのはヤンキーなんだよ!」と書かれている。
    「白石ぃ、おめぇも読め!」
    「……いや、僕はこういうの興味ないから……」
     白石が雑誌を押し戻すと、清也が不機嫌な顔になった。
    「白石ぃ、おめぇ、いつから拒否できる立場になったんだ!?」

     ああ、いつもこうなるんだ……。
     白石は心の中で呟いた。
     この島では強い奴が絶対だ。
     だから、白石兄弟の言うことには従わないとならない。
     理不尽だ。理不尽すぎる。
     こんな世界は間違っているのだ。
     白石の胸の奥底でぐつぐつと何かが沸騰していた。

    「んじゃま、白石ぃ! 明日の昼飯のときに焼きそばパン10個買ってこいや!」
    「それで今回は許してやるよ」
     そう言い捨てると、小柳兄弟は喫茶店を出て行った。
     白石はバナナシェイクのグラスを握りしめた。
    「……今はまだ……まだそのときじゃない」
     パリーン、という音が店内に鳴り響いた。
     割れたグラスによって、白石の手は赤く滲んでいた。


  • 「んじゃ、みっちー。とりあえず牛1頭分くらいいっときますか」
    「乱麻、さすがにそんなには食えねーだろ」
    乱麻とミチルは食べ放題の店にやってきていた。
    最近オープンしたばかりなのだが、料理の種類が豊富だと評判になっていた。
    「元を取るにはたくさん食わねーと損じゃん」
    「それで残しでもしたら、あとでルナにぶっ飛ばされるぞ。食い物を粗末にするなってよ」
    「みっちー、ここは俺たちの胃袋を信じようぜ」
    乱麻とミチルは腕まくりをして料理のテーブルに向かった。

    「見ろよ、みっちー。ここ、なんでもあるんだな」
    乱麻が子供のような笑顔でテーブルに戻ってきた。
    大皿にはハンバーガーが山のように盛られている。

    「乱麻、お前そんなに食えるのか?」
    「ハンバーガーなら余裕だし。ってか、みっちーだってそんなに食えるのかよ?」
    ミチルの前には何皿ものビーフシチューが並んでいた。
    「オレにとっちゃ、ビーフシチューは水のようなもんだからな」
    ミチルが自信満々の顔でそう答える。

    「いやいや。水にしたってそんなに飲めないだろ」
    「まあでもよ、これ水じゃねし。ビーフシチューだからな」
    「そうだけどさ……みっちーがビーフシチューは水だって言ったんだろ?」
    わけのわからない会話をしながら2人は料理を口に運んだ。

    「うまい! うま過ぎる! 肉汁じゅんわ~!」
    両手にハンバーガーを持ち、乱麻は次々と口にほおばる。
    「いや、こっちもやべえって! ビーフのダシ? わかんねえけどはんぱねえ!」
    ミチルもかきこむようにビーフシチューをたいらげていく。

    「これならいくらでも入るぜ!」
    乱麻の言葉を聞いて、ミチルの眉がピクッと動いた。
    「いくらでも? んじゃあ、乱麻、勝負するか!」
    「みっちー、悪いけど大食い勝負でも俺はてっぺんとるし」
    2人は目の前にあった料理を一気にたいらげ、すぐさま新たな料理を取りに行った。

    「楽勝楽勝。ハンバーガー30個め完食したんだけど」
    乱麻は得意気にお腹をポンポンと叩く。
    「いや、オレだってビーフシチュー30皿目だぜ?」
    ミチルも負けじと言い返す。

    2人の戦いは互角だったが……すでに胃袋の限界を超えていた。
    乱麻とミチルはぼんやりと天井を見つめていた。
    「やべえ……口から出てきそうだ……」
    「ってことはオレの勝ちだな、乱麻」
    「俺は口から出そうって言っただけ……まいったなんてしてねえし」
    そう言って乱麻がふらふらと立ちあがったときだ。

    「なんだ? お前らもきてたのか」
    乱麻とミチルに声をかけてきたのは……天命だった。

    天命は地元バイカーチームのリーダーである。
    乱麻たちとは、ある一件で知り合いになった。

    「ここの食い物、なかなかうまいよな」
    天命の手の皿には、ステーキが山のように盛られていた。

    「真田さん……うまいのは確かだけど、食い過ぎると後悔すんぞ……」
    「あ? これくらい余裕だろ。すでに90皿目だけどな」
    天命は意気揚々と自分の席に戻って行った。

    「90皿……」
    乱麻とミチルは呆然として顔を見合わせた。
    「……みっちー、大食いはてっぺんじゃなくてもいいよな」
    「……そうだな、乱麻。同感だ」

  • 静かなバーのカウンターで、芹菜がウイスキーのボトルを手にしている。
    「金丸の飲みっぷり、男らしくって素敵」
    チョイワルオヤジ風の男のグラスに、芹菜はウイスキーをなみなみと注ぐ。
    「わっはっは! そうかそうか! ワシはまだグイグイ飲めるで!」
    金丸はウイスキーを飲みながら、チラチラと芹菜の胸元を覗き見る。
    ライダースーツに身を包んだ芹菜の胸元は、惜しげもなく大きく開いていた。

    芹菜はいろいろな雑誌で引っ張りだこのフリーライターである。
    なぜ、その若さで売れっ子になれたのか。
    それは芹菜がスクープハンターと呼ばれているからだった。
    「さすがにちぃとばかり飲みすぎたかもしれんなぁ……」
    金丸が赤い顔で鼻を伸ばすと、芹菜の目が猫科の獣のように光った。

    「ふふふ。酔っ払ってる金丸も素敵よ」
    「ほんまかぁ? ワシ、酔っ払うとオオカミになるんやけど……」
    金丸がそう言いながら芹菜の足に軽く触れる。
    その手を振り払うこともなく、芹菜は妖しげな目で金丸を見つめる。
    どんな手段を使ってもスクープはスクープ。
    芹菜は女の武器を使うことになんの躊躇もなかった。

    「私、危険な男に弱いの……」
    芹菜の甘い声に金丸のノドがゴクリと鳴る。
    「そらちょうどええ。ワシはかなりデンジャラスな男やで」
    「そうね。金丸って普通の人とどこか違う感じがするわ」
    芹菜がそっと金丸の手を握る。
    「金丸なら私を最高のエクスタシーに導いてくれるかも……」
    「ああ、まかしときや。ワシがせりちゃんを天国に連れてったるわ」
    興奮した金丸が芹菜を抱き寄せようとする。

    「その前に聞きたいことがあるの」
    「聞きたいこと?」
    金丸はおあずけを命じられた犬みたいな顔をした。
    「最近、勢力を伸ばしてきたバイカー集団について教えて」
    芹菜がラストリゾートアイランドにきた理由……それはこの島の真実に迫ることだった。
    この島には謎が多い。
    一体、誰がなんのために、強さが全ての世界を作り上げたのか。
    それを知るためには、この島の強者たちに近付く必要がある。
    そして、最終的に真実に辿り着けば、かつてないスクープになるだろう。

    金丸はバイカー集団についていろいろと話してくれた。
    その声を芹菜はこっそりとスマホで録音した。

    金丸の話によると……。
    バイカー集団のトップの名は、真田天命。
    巨体を生かしたケンカファイトで、どんな相手にも容赦はしない。
    しかし、冷血漢というわけではない。
    バイカー集団の仲間からは、絶対的な信頼を得ている。

    力こそが全てのこの島で、他者から信頼されるなんて……芹菜は天命という男に興味を持った。
    「これは取材する価値があるかも……」
    そう呟くと芹菜はカウンターから離れた。
    「お、おい。どこにいくんや」
    慌てた様子の金丸に、芹菜はバイバイと手を振った。

    「今夜は久方ぶりにフィーバーできると思ったんやけどなぁ……」
    去りゆく芹菜の背中を、金丸が寂しそうに眺めた。
    「まあ、ええか。危険をこよなく愛する女なら、また会うことになるやろ」

    金丸の情報網が正しければ、2人の男の到来によって、もうすぐこの島は荒れる。
    街中が危険な状態になることだろう。
    2人の男の到来を偶然とみるか。
    運命とみるか。
    それとも……。
    「まあ、どっちでもええか。楽しくなれば」
    金丸は嬉しそうに笑うと、グラスに残ったウイスキーを一気に飲み干した。


  • ラストリゾートアイランドのメインアリーナでは、毎日のように格闘技の試合が行われている。
    それはこの街での生き残りを賭けた戦いだ。
    ビッグマネーを掴みたければ試合に勝ち続けるしかない。

    そんな公式戦に背を向けている連中もいる。
    もっと過激で強い相手を求めて、繁華街の地下室などで戦っているのだ。
    試合が危険な分、ファイトマネーも高い。

    「レッディースアンドジェントルメーン! 劉アクションクラブ主催の異種格闘技戦へようきた!」
    リング上で金丸がマイクを手に叫んだ。
    「これより本日のメインイベントのはじまりじゃ!」

    チャンピオンのドラゴンマスクと挑戦者のマックスが、リングの中央で睨み合う。
    マックスは拳を上げてアピールし、対するドラゴンはバク宙を決める。
    メインアリーナが異様な雰囲気で盛り上がった。

    戦いを告げるゴングが鳴り、第1ラウンドが始まった。
    いきなりマックスが弾丸のようなタックルを仕掛ける。
    ドラゴンは軽快な動きで、するりとマックスをかわした。
    それでもマックスは何度もタックルで突っ込んでいく。
    両者ともマスクマンでありながらも、格闘技のベースがしっかりした実力派だった。

    「調子に乗らないことね!」
    ドラゴンのカウンターの膝蹴りが、マックスの顔面をとらえた。
    タックルで突っ込んでいた分、強烈なカウンターになった。
    しかし、マックスは怯むことなく、ドラゴンの両足を抱えると、背中からマットに叩き付けた。
    会場は爆発したような声援に包まれる。

    「うおおっ!」
    マックスが殴りかかろうとした瞬間のことだ。
    ドラゴンはマックスの太ももに、隠し持っていたフォークを突き刺した。

    「おい、みっちー! 見たか!?」
    乱麻とミチルはドラゴンの凶器攻撃をリングサイドで確認した。
    「ああ。あの野郎……汚ねえ手、使いやがって」
    2人はある事情からマックスのジムで格闘技の練習していた。
    今日もその縁でリングサイド席を用意してもらったのだ。

    フォークで太ももを刺されてから、マックスの動きはがくんと鈍くなった。
    ドラゴンの打撃が面白いように決まり始める。
    「これでお終いよ!」

    「くそっ、みっちー! マックスさんを助けるぞ!」
    乱麻の目が血走っている。
    「そうだな、あんな汚い真似されて黙ってられっか」

    しかし、試合に乱入するにしても、顔がバレたらマックスさんに迷惑がかかる。
    「乱麻、こういうときのために用意しておいたもんがあるんだ」
    ミチルはマックスと同じマスクを2つ取り出した。
    「みっちー、気が効くぜ!」

    乱麻とミチルはマスクをかぶると、リングに向かって一直線に走った。
    2人の偽せマックスはリングに入るなり、ドラゴンにダブルドロップキックを放った。
    謎の選手の乱入に観客は大興奮だ。
    この街は強さが全てだ。
    特に地下の試合はどんな手を使っても勝った方が称賛される。
    レフェリーもそれがわかっているので、試合を止めずにスルーしてくれた。

    「マックスさん、やるぜ!」
    乱麻がドラゴンをリングのコーナーに叩き付ける。
    そこにマックスが全身で飛び込んでくる。
    渾身のラリアットをドラゴンの喉元に叩き込む。
    「うぐっ……」
    しかし、それでもドラゴンをK.O.できなかった。

    「そっちがその気ならこっちも……」
    ドラゴンはパチンと指を弾いた。
    すると観客席の中からドラゴンの仲間が何人も乱入してきた。
    マックスチームとドラゴンチームで大乱闘が始まった。
    レフェリーがゴングを要請し、さすがに試合はノーコンテストとなった。
    「あ、あれ? ドラゴンがいねえぞ。どこ行った?」
    乱麻がきょろきょろと見渡すと、ドラゴンの姿がリング上から消えていた。

    「ふう。なかなか。面白かったね」
    控室に続く廊下で、ドラゴンはマスクを脱いだ。
    マスクの下の素顔は、世界的にも有名なアクションスターである劉 无常だった。
    「マックスと……その弟子2人……今度はもっと楽しみたいね」

    なぜ、劉がラストリゾートアイランドで格闘技の試合をしているのか……。
    それはマックスとの再戦のときに明らかになるのだった。

  • 「はぁ……ちかれたなぁ……」
    松子はスラム街をもう何日も彷徨っていた。
    白くむっちりした太ももは疲労でパンパンに張っていた。
    道端にあったビールケースに腰かけ、松子は大きく溜め息をついた。
    「おっとさん……どこ行っちまったんだ……」

    数日前、松子の父がボロボロになった姿で帰ってきた。
    「俺は負けた……もう終わりだ……」
    松子の父の頬に涙が伝った。

    ラストリゾートアイランドでは強者が全てを手にする。
    格闘技の大会で勝ち続ければ巨額のファイトマネーが得られるし、ストリートファイトで目立つだけでいい仕事に就いたりもできる。
    網膜剥離のために若くして引退したが、松子の父はボクシングの世界ランカーだった。
    しかし、そんな過去の肩書きはこの島では通用しなかった。
    「今日で俺は3連敗……大会の出場権を失った……」
    居間の畳に額をこすりつけ、松子の父は激しく嗚咽した。
    「……松子、お前に楽をさせたくて、この島にきたのに……なんてザマだ……」
    そんなことない、と松子は父の背中にすがりついた。
    おっとさんはちっとも弱くない。おっとさんは最高のおっとさんだ。
    そう心に呟きながら、松子は力いっぱい父の背を抱いた。

    しかし、松子の思いは父には届いていなかった。
    ボロボロになった日の翌朝、置き手紙を一枚残して、松子の父は姿を消した。
    手紙には一言「すまない」とだけ書かれていた。

    松子の母は10年前に病気で死んだ。
    それからはずっと父と子二人で暮らしてきた。
    松子は別に裕福な暮らしなど欲してはいなかった。
    優しくて逞しい父を影から支え、いつまでも一緒にいられればそれでよかった。
    しかし、一度は栄冠を手にした松子の父は、小さな幸せでは満足できなかったのだ。

    「おっとさん、なして1人で逃げちまったんだぁ……」
    弱音が口からこぼれると、体の力も一緒に抜けていくようだった。
    何もない。もう自分には何もない。
    父も母もいなければ、生きる目的もない。
    何もかも終わってしまった……そんな空虚な気持ちが、松子の心を支配していた。

    そんなときだった。

    「いいやまだだ! まだまだまだまだ終わりじゃねえ!」

    突然、力強い男の声が街中に響いた。
    その声に引かれるように松子は顔を上げた。
    すると、ビルの大型スクリーンに、マイクを持ったプロレスラーの姿が映っていた。

    「どんなに追い込まれても、カウント2.9ならまだ負けじゃない!」

    マスクをかぶったプロレスラー……マックス・紅蓮ハートの魂の叫びに、松子は釘付けになっていた。
    スクリーンに映っていたのは、マックスの過去の名勝負だった。
    映像の中のマックスは、どんなに打ちのめされても、何度でも立ち上がっていた。
    「この人……なんて強い人なんだべか……」
    マックスの闘う姿を見ているうちに、松子の顔には血色が戻っていった。
    「あたすもまだ終わりじゃない!」
    体のあちこちは痛み、空腹でお腹の音は鳴り止まない。
    それでも松子は勢いよく立ち上がった。

    松子がマックスのジムを訪ねるのは、それから少し後の話だった。
    生活していくためには仕事が必要だった。
    プロレスの世界にも興味があった。
    そして何より……松子はマックスに父親の姿を重ねていた。

    どんなに追い込まれても逃げない。
    こうあってほしかったという理想の父親の姿を……。


  • 「へー、九条さんもオルタナに興味があるんだ!」
    嬉しそうに白石が言うと、楓華も笑顔で答える。
    「白石さんも好きだったのね。なんだか意外だわ」
    放課後の教室で白石と楓華が楽しそうに会話をしていた。
    まるで付き合いたてのカップルのように見える。
    そんな幸せそうな空間が教室いっぱいに広がっていた。

    「ぐぎ……ぐぎぎぎ……」
    そんな2人の様子を乱麻が歯ぎしりをしながら眺めていた。

    「ぐご……ぐごごご……」
    乱麻は奥歯が砕けそうになるほどに食いしばる。
    とうとういてもたってもいられず、白石と楓華の席へと近づいていった。
    「白石君、会長とずいぶん楽しそうに会話してるじゃん……」
    乱麻の言葉に白石と楓華は顔を見合わせて微笑んだ。

    おいおい。マジかよ。
    なんかもうカップルみたいじゃねえか。
    超やべえって。
    乱麻は髪の毛をかきむしらんばかりに動揺していた。
    それでもなんとか必死に平静を装った。

    「神代君はノクモンって知ってる?」
    楓華からの質問に乱麻は困った。
    ノクモン?
    なんだ、それ?
    全く聞いたことがない名前だった。
    しかし、ここで知らないと言えば、2人の会話に入っていけない気がした。

    「もちろん知ってるぜ。あれだろ? ほら、新しいゆるキャラの……」
    「……え?」
    楓華が困惑した表情をしている。
    「ノクモンってKNOCK OUT MONKEYのことよ?」

    これはまずい。
    明らかに間違えた。
    どうする? どう対応すればいい?
    焦る乱麻だったが、咄嗟に閃いた。
    ここでさっきの2人の会話を思い出したのだ。

    「わかってるって。オルタナロック……バンドだろ?」
    「そうそう! 神代君も知ってたのね!」
    楓華の笑顔を見て、乱麻は安堵した。

    「w-shunがすごくいい声なのよね」
    「僕はギターのdEnkAが好きなんだ。あっ、もちろん亜太もだけど。ナオミチも最高に格好いいよね」
    「あっ、白石君ずるい。だったら私もノクモンの全員が好きよ。ふふふ」
    白石と楓華は楽しそうに笑いあっている。
    その横で乱麻も調子を合わせていた。
    しかし、心中は穏やかでなかった。

    2人とも超盛り上がってるじゃねえか。
    なんだよこれ。
    超うらやましいんだけど……。

    乱麻が黙っていると、白石が話を振ってきた。
    「神代クンはノクモンのどの曲が好き? やっぱり『OH, NO』?」
    やっぱりなんて言われてもわかるわけがない。
    このままずるずると話を続けていたらいずれボロが出る。
    ならば、早めに決着をつけるべきだ。
    乱麻は真面目な顔で楓華と白石を見つめた。

    「あのさ、2人にぶっちゃけ聞くぜ」
    楓華と白石はきょとんとした顔をする。
    「もしかして付き合ってたりなんかしちゃってる?」

    しばしの沈黙のあと、
    「は、ははは……」
    「ふふふ。ふふふふふ……」
    楓華と白石が一緒に笑い出した。
    どうやら2人は音楽の趣味が合うだけの関係のようだ。

    ちょっと安心した乱麻だったが、すぐに警戒心を強くした。
    なぜなら、楓華と白石が並んでいると、やっぱりお似合いのカップルに見えるからだ。

    白石君……こいつは油断できねえぜ。
    こうなったら……俺は学校の帰りにノクモンのCDを買うぜ!
    そう心に決めた乱麻であった。

  • 九条骸は不機嫌そうな顔で、そびえ建つビルを見上げていた。
    「くだらんな……」
    骸は独り言のように呟いた。
    完成したばかりの九条ビルディングは、富と権力の象徴に相応しい建物だった。
    しかし、骸の心は虚しさで満ちていた。

    「ふふふ。なんだか誇らしい気分になりますね」
    骸の隣にいた秘書の舞が嬉しそうな声を出した。
    「誇らしい? なぜ?」
    骸がぶっきらぼうに聞くと、舞はきょとんとした顔をした。

    「なぜって……てっぺんって感じじゃないですか。このビル」
    舞の表情がパーッと明るくなった。
    大人っぽい雰囲気の舞だが、実は「ヤンキー」のノリが大好きだった。
    てっぺん、バリバリ、夜露死苦といった言葉を聞くと、身をよじるほどに興奮してしまうのだ。

    「さ、九条様! 最上階からこの島を見下ろしましょ」
    舞が軽い足取りでビルに向かって歩き出した。
    骸が小さな溜め息をついたときだ。

    「九条骸!」
    険しい怒声に振り返ると、みすぼらしい恰好の男が立っていた。
    男はボクシングのファイティングポーズを構えた。
    この島で金と名誉を得るために、いきなり骸に挑んでくる者もいる。
    もっとも、100パーセント返り討ちの目に遭うのだが……。

    「……お前は?」
    男の顔に骸は見覚えがあった。
    ボクシングの元世界ランカーで、この島の格闘技大会にも出場していた。
    確か、3連敗して出場資格を失ったはずだが……。
    「全てを失ってやけになったのか?」
    骸が冷たく言い放つと、男は大きく首を横に振った。

    「全てを失ってはいない!」
    男は決死の表情で向かってきた。
    「俺は父親として……松子のために……」
    負け犬であったとしても、覚悟を持って挑んでくるのなら、全身全霊で叩き潰す。
    それが骸という男だった。

    「ならば、相手をしてやろう」
    骸が拳を握った瞬間だった。
    男は口から血を吐き、前のめりに倒れた。
    その背後には全身にタトゥーを入れた男……右京紫苑が立っていた。
    右京が男の首筋に手刀を落としたらしい。

    「ひっひっひ。九条さんを殺すのは俺様だからねぇ」
    タンクトップ姿とは裏腹に、右京は九条カンパニーの幹部である。
    右京は倒れた男の頭をいたぶるように蹴飛ばした。
    その様子を舞がうんざりした顔で見つめている。
    「……本当にゲスな男ですね」

    「血だぁ! もっと血を流せぇ! もっと俺様を楽しませるんだじぇ!」
    男をいたぶるように右京は蹴り続ける。
    「やめろ!」
    いきなり骸が声を荒げた。
    その迫力に気圧されて骸の足が止まった。
    「お前ではこの男からは何も奪えない」
    「奪えない? こいつを倒したのは俺様だじぇ?」
    「右京、だからお前は三流なんだ」
    仮に息の根を止めたとしても、この男から父親としての矜持は奪えない。
    勝っても奪えないものがあるなら、闘う意味も必要もない。
    「お、俺様が三流!? どうして!?」
    骸は右京の問いには答えず、ビルの中へと入っていった。

    ビルの最上階には骸の私室があった。
    島の全てを見下ろすことができる部屋で、骸は軽いシャドウボクシングをしていた。
    肩と腰が柔らかく動き、パンチが鋭く伸びる。
    日々の鍛錬を欠かさないせいで、若かった頃と変わらない強さを維持している。

    「いつやってくる?」
    骸はまだ見ぬ男の姿を夢想した。
    どんな風に成長したのか。
    どれだけ強くなったのか。
    その男と拳を交えるのが、楽しみで仕方がなかった。
    勝っても負けてもいい。
    その瞬間のためだけに生きているのだ。

    シャドウボクシングの動きに熱が入ってきた。
    いつの間にか柄にもなく、子供のように夢中になっていた。
    骸の顔に小さな笑みが浮かんだ。



  • 商店街を洗面器片手に乱麻とミチルが歩いている。
    2人の後ろには気まずそうな顔のルナがいた。
    「ったく、風呂を沸かそうと思ったら水道管が破裂するなんて……まるで漫画だぜ」
    乱麻がポリポリと頭を掻く。
    「うぅ……だからゴメンって言ったでしょ……」
    ルナはトレードマークの二つ結びをイジった。

    「やっと着いたぜ。ここが『うたかたの湯』だ」
    ミチルが指差した先には、日本家屋風の銭湯があった。
    看板に書かれた「湯」の文字は消えかけており、銭湯というよりお化け屋敷のような外観だった。
    ルナはちょっと引いた顔をしていたが、乱麻とミチルはさっさと中に入っていた。
    「ちょ、待ってよ」
    慌ててルナも2人を追いかける。

    「それじゃ、お風呂が終わったら入り口で集合ね」
    ルナが「女」ののれんを潜って行くと、乱麻がその後へ続こうとする。
    「おい、乱麻……古くさいボケはやめろ」
    「すまん……つい」
    ミチルが乱麻の襟首を掴んで男湯へ引っ張っていく。

    番頭のお婆さんに入場料を払って、2人は脱衣所へと向かう。
    男湯の客は乱麻とミチルの二人だけで実質貸し切り状態だった。
    パッと服を脱ぐと、浴場で体の汗を流した。
    「富士山の絵って本当に描いてあるんだな」
    乱麻が壁に描かれた絵を見て、ポカンとした顔をした。

    「銭湯なんて初めてだけどよ、思ったよりも良いもんだな」
    ミチルが湯船に体を沈めながら言った。
    「みっちー……」
    乱麻が天井を見ながら呟いた。
    「女湯と男湯って……天井は繋がってるんだな」

    すると女湯の引き戸がガラッと開く音が聞こえた。
    「あら、百合川さん……奇遇ですね」
    「楓華さん? こ、こんにちは」
    女湯から楓華の声が聞こえてきた。
    乱麻は思わずずっこけて頭まで湯船に浸かってしまった。

    「あー! ルナに楓華じゃん! こんなトコで会うなんて、ちょーうける!」
    なんと今度は可憐の声だ。
    乱麻とミチルはごくりと息を飲み、無言で耳のアンテナを女湯に向けた。

    その後も、ぞろぞろと女の子たちが集まってきた。
    いつしか女湯には、ルナ、楓華、可憐だけでなく、松子、カトレア、芹菜まで揃っているようだった。
    「それにしてもー、芹那ってマヂでおっぱい大きいよね」
    「うふ、ありがとう。可憐のおっぱいも素敵よ」
    女の子たちのキャッキャした声が嫌でも聞こえてくる。
    乱麻とミチルはいつの間にか壁にへばりついていた。

    「松子、どうして隅っこにいるの?」
    「カトレアさん……あたす、体に自信ねぇし、恥ずかしくて……」
    「落ち込まないで。松子の胸、すごくいいカタチよ」
    「あ、あぁ……カトレアさんやめてけろ……どこ触ってるだ」

    乱麻とミチルは真っ赤な顔で女の湯の会話に聞き入っていた。
    「それにしてもこいつはやべえ……」
    興奮した乱麻が壁を押すと、タイルがポロっと外れた。
    むき出しになったコンクリートに小さな穴が空いていた。
    その穴の先には間違いなく桃源郷が広がっている。
    乱麻の頭から理性が吹き飛んだ。

    「わりいな、女の子たち! 恨むなら銭湯の壁を恨んでくれ」
    乱麻は穴から女湯を覗いてみた。

    女湯の中は湯気で真っ白だった。
    楓華たちの声も聞こえなくなっている。
    なんてこった……。
    みんな髪の毛でも洗っているのか?

    乱麻が歯ぎしりをしていると、また誰か1人女湯に入ってきた。
    よしっと乱麻は小さくガッツポーズをした。
    湯気で体は見えないが、女の子の顔はすぐにわかった。

    「う、海ちゃん!?」

    乱麻が我に返って振り返ると、ミチルが怒りの表情で、指をボキボキと鳴らしていた。

    「乱麻、海の裸を見たのか?」
    「み、見てない! 顔しか見てない!」
    「嘘つけ! そんな都合のいい話があるか!」
    乱麻とミチルのバトルが湯船の中で始まった。

    その頃、女湯では……。
    女の子たちが髪の毛のシャンプーを洗い流していた。
    すると男湯の方から、乱麻とミチルの争う声が聞こえてきた。
    しかし、まさか銭湯にまできて、ケンカをしているとは……さらにその原因が覗きだとは、さすがに誰も思わなかった。
    「あんなはしゃいじゃって。2人とも子供みたいね」
    ルナがそう言うと女の子たちは一斉に笑った。